近年、話題となっている日本の空き家問題。東京都は、空き家(戸建て住宅)を活用した事業プランを考える起業家を支援するため、空き家活用事業を実施しています。そこで今回は、実際に「空き家活用事業」を利用して事業をされている「アート/空家 二人」代表の三木仙太郎氏をお迎えし、「空き家×起業」というテーマでお話を伺いました。
空き家を活用した事業の内容や、空き家だからこそのメリット・デメリットを中心に、とてもユニークな事業を展開する三木氏とのトークセッションをレポートします!
登壇者紹介
(ギャラリー、アート/空家 二人 代表)
1989年神奈川県生まれ。2014年東京藝術大学 美術研究科 修士課程 修了。
SPROUT Curationでの個展「身に余る皮」でアーティストとしてデビュー。作品をつくることの意義を問う中で、アートと人を繋ぐことに関心が移り、2020年からギャラリーを始める。ATAMI ART GRANT 2024審査員など、ギャラリーの枠組みにとらわれない活動を行なっている。令和元年度「起業家による空き家活用事業」事業採択者。
アート分野の起業で「空き家」にたどり着いたきっかけ
今回のイベントは、コミュニティマネージャーが三木氏にインタビューする形式で進められました。まずは三木氏が事業を始めたきっかけから伺っていきます。
大学に入るまでは、アートという文化を遠くに感じていたという三木氏。入学後にアートを学ぶなかで、次第に「アートと人を繋ぐこと」に関心が移っていったといいます。
三木氏「日本におけるアートの課題は、顧客とプレイヤーの数が少なく、文化としての深化が進まないということ。そして、アートにアクセスできる場所が一般的にほぼ美術館に限られていることです。そこで、もっとアートに触れられる場所があれば良いなと思い、作品を購入できるギャラリーと作品を見に行く美術館という、それぞれの要素を持ちつつもどちらでもない第三の場所を作ろうと思ったのが、事業を始めたきっかけです」
課題を意識したときに、その解決方法として三木氏が考えたのが、「作品を購入したことのない人でも購入した後のイメージが持ちやすい場所」、つまり「実際にある家」を活用することでした。
訪れる人が作品により親しめる企画として15人のアーティストが隔月で継続的に参加する展覧会を考えていた三木氏は、参加人数の多さやホワイトキューブ(白壁空間)ではない場所の可能性を踏まえ、「家」の特性を活かせるのではないかと思ったそうです。
三木氏「家で事業を行うデメリットは、プロフェッショナルな非日常空間の作りにくさです。古民家のカフェと普通のカフェの違いのようなものです。ただ一方で、親しみやすさという点はメリットにもなります。最近は、親しみやすさを生かしつつアートらしい面白いことをしたいと思い、『日常空間を逆手に取った非日常空間』を作ろうとしています」
三木氏が用意してくださった実際のギャラリーの写真を見ると、外見はごく普通の民家でした。内装もはじめは自分たちでDIYしながら改装を進めたといいますが、時間やコストの面を考え、途中からはプロの手も借りながら仕上げていったそうです。
家の中を土や木で埋め尽くした作品や、和室にアーティストおすすめのマンガをそろえてマンガ喫茶のように仕立てた展示など、「家でやるからこそ面白い企画」に積極的に挑戦されているのが印象的でした。
理想の空き家の見つけ方・地域との関わり方
続いて、ビジネスで空き家を活用するに至った経緯をお聞きしました。
三木氏「空き家を使おうと思ったのは、やりたい事業が決まってからですね。15人の作品を展示するとなると、広い場所が必要になります。また、自身もアーティストをしていたので、ちょっと変わったことをやりたいという想いもありました。普通の店舗物件だと面白くないなと考え、倉庫なども検討していく中で空き家にたどり着いたんです」
現在の空き家を見つけるまでに、20件近くの不動産屋に足を運んだという三木氏。最終的には、大田区が提供する空き家マッチングサービスを通して理想の物件にたどり着いたといいます。最近は空き家バンクを公開している自治体も多く、いくつかのサービスを利用しながら物件を選んでいったとのこと。
最初に不動産屋を回ったときには「事業ができる一軒家の賃貸なんてほとんどない」と断られたそうで、マッチングサービスなどを利用しない限り、自力での物件探しはなかなか難しいのではないか、ともお話しされていました。
空き家を活用する場合に気になるのが、大家さんとの関係性。三木氏の場合は、大家さんの知り合いである不動産屋に協力してもらってコミュニケーションを取っていたといいます。
三木氏「空き家バンクを利用している方には、不動産屋さんを介していない方も多い。賃貸を専門にしていない大家さんだと、後からさまざまな問題が出てくることもあると思います」
大家さんとのコミュニケーションについては、コミュニティマネージャーからも事例の紹介がありました。リノベーションを実施する場合、設備が壊れた際の責任に関する問題は、不動産のプロでなければわからない部分も多いとのこと。原状復帰は必須となるか、など細かい条件確認も必要なので不動産屋に仲介してもらう方が安心して事業が出来る、というのがお二人の見解でした。
理想の物件にたどり着いた三木氏が活用したのが、東京都が実施する「 起業家による空き家活用事業」でした。空き家を探すコーディネーターの手配や空き家の家賃などに使える助成金が用意されており、三木氏は「ビジネスプランの採択・補助」の部門を利用したといいます。
三木氏「『起業家による空き家活用事業』の制度があったので、物件を見つけたらすぐに契約、という流れではなかったですね。大家さんにも契約開始時期を待っていただいたので、その点ではだいぶ融通してもらいました。僕が制度を利用したときは申し込む時点で物件が決まっていなければいけなかったので、物件を探し始めてからは期間内に決めないと!という焦りはありました」
事業で空き家を利用するメリット・デメリット
空き家で事業を続けていくなかで、さまざまな苦労があったという三木氏。しかし、空き家だからこそのつながりや恩恵もあったそうです。
三木氏「やはり店舗ビジネスは大変ですよね。毎月の家賃負担はボディーブローのように効いてきますし、商圏も限られます。そういった点では、痛みを軽減する方法として『空き家活用事業』の助成金が役立ったと思います。ただ良いところもあって、場所を構えているからこそ出会えた人はたくさんいます。こんな人と出会えるのか!ということも多いですね」
空き家というもともとある物件を利用するからこそ、三木氏は地域やご近所の方とのコミュニケーションを大事にしているといいます。現在利用している物件も住宅街にあり、騒音などで迷惑がかかることも想定されるため、日頃からコミュニケーションを取って理解してもらうことが円滑な事業運営につながるのではないかとお話しされていました。
三木氏「ビジネスを始めてから予想外だったのは、空き家をきっかけにさまざまなつながりが生まれていることです。たとえば、近くのインキュベーションスペースを利用されているファッションデザイナーや建築家の方が訪れてくれて、そこからさらに人を紹介していただくことがありました。また、地域の飲食店と仲良くなってフライヤーを置かせてもらうようになり、そこから来た方が作品を購入してくださるということもありましたね」
事業に合った地域を選んで空き家を見つけるというのも、成功のポイントなのかもしれません。
空き家活用への想いと先輩としてのメッセージ
今回のイベントは、進行に合わせて参加者の質問に答えていく形式をとっていましたが、特に印象に残ったのが「もし今後ギャラリーを増やすとしたら空き家を活用しますか」という質問に対しての三木氏の回答でした。
三木氏「おそらく活用しないと思います。空き家ならではの面白さはもちろんありますが、空き家を活用しない面白さも体験してみたいんです。自分の場合、空き家を活用することが重要なのではなく、あくまで手段として空き家を選択したという経緯があります。もし次があるとすれば空き家にはない面白さを追求したいので、新たな挑戦がしたいという意味で『あえて選ばない』という感じですかね」
補足として、東京都の「起業家による空き家活用事業」を利用する場合、同一人物がまったく同じ事業プランで2回目以降の申請を行うのは難しいとのお話もありました。同一人物でも新しい事業プランであれば再度利用できるそうなので、制度の利用を視野に入れている場合は事前に確認しておくことをおすすめします。
最後に、これから空き家を活用した事業を検討している方に、先輩である三木氏からメッセージをいただきました。
三木氏「事業を始めるときには、まず何をやりたいのか、お客さんとどのようなコミュニケーションを取りたいのかが大切。空き家ありきで考えるのではなく、やりたいことに合った手段として空き家がでてくるのであればとても良いと思います。もしすでにご自身や知人の持つ空き物件があるのであれば、スモールスタートができるという意味でもおすすめです。さまざまな実験ができる場所だと思うので、メリット・デメリットも加味したうえで挑戦してみてもらえれば、いい経験になるのではないでしょうか」
空き家の活用方法や探し方については、東京都の「起業家による空き家活用事業」担当窓口に相談していただいた方がより実践的な支援を得ることができます。ビジネスや事業自体の相談・支援を得意とするStartup Hub Tokyoとうまく使い分けていただきながら、スムーズな起業準備につなげてくださいね。
構成・文/やまぐちきよみ
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