働き方の多様性が進む今、起業する人が増えていると言います。
それを裏付けるかのように、2021年の新設法人数は14万4,622社(*1)で過去最多だったとか。
一方で、「普通の自分が起業なんて出来るだろうか…」となかなか第一歩が踏み出せない人もいるようです。
そこで、起業・開業専門誌「起業時代」編集長の井口侑紀氏を聞き手に、普通の主婦から起業した篠良美氏に自身の体験を話してもらいました。
「起業しようと思った理由は?」「仕事と家庭の両立は?」等々、起業を考える人にとって参考になるトークセミナーの様子をレポートします。
*1:2021年「全国新設法人動向」調査より。東京商工リサーチ調べ。
登壇者
井口 侑紀氏(freee株式会社 起業時代 編集長)
1987年生まれ。大学卒業後、エンジニア、マーケターとしての経験を積みながら、編集者としても活動。Web事業会社にて資格や人材に関するWebメディアを複数立ち上げ。その後マイナビにて新規事業部門での農業メディア、人材サービス開発を担当。2021年『起業時代』立ち上げのためにfreeeへ。編集長に就任。その他、個人事業主として農業を支援するプロジェクトにも参画中。
篠 良美氏(Sweets & Lesson Love-Labo 代表)
1983年生まれ。宮城県出身。高校卒業後、洋菓子店に就職し上京。製菓衛生師を取得後、ホテルデザート部門など様々な現場を経験し、34歳のとき出産。娘が10ヶ月の頃、起業を経験。お菓子教室としてスタートし、翌年からキッチンカー事業開始。現在4年目。
- お菓子作りが好き、が起業への入口
- 起業への情熱を失ってしまう出来事が起こって…
- 起業は、いかに小さく始めるかがポイント
- チャレンジショップで不安を解消。起業のサポート機関を最大限に利用
- 起業した理由は、お金よりも時間
お菓子作りが好き、が起業への入口
ゲストの篠良美氏は普通の主婦から2018年に起業し、現在は『予約制スイーツ』、『お菓子教室』、キッチンカーによる『菓子販売』の3本柱で事業を行っています。
お子さんが小さいため、キッチンカーは土日月のみしか営業していないそうですが、「娘の成長に合わせて変化していくお菓子屋さんでいいと思っています。」と話しています。
井口氏「起業は、いつ頃から考えていたのですか?」
篠氏「小学生の頃からお菓子作りが好きで、将来はパティシエ―ルになりたかったのですが、周囲からはそんな甘い世界じゃないから大学に行けと言われていました。
普通、パティシエールになるには製菓学校で学ぶと思うのですが、反対されていたこともあり、高校卒業後は菓子店に就職して製造・販売・接客の仕事に就きました。とにかく現場に行けば夢に近づけると思ったからです。」
井口氏「なるほど。現場で修行する感じですね?」
篠氏「ところが、今でこそ女性も増えてきていますが、お菓子作りの職場は力仕事が多いため男社会なんです。だから重要な仕事はなかなか任せてもらえませんでした。
それでも学ぶことは多く、朝は早いし夜も遅い仕事でしたが、タダで学ばせてもらっていると思えば、辛くありませんでした。」
井口氏「いずれは、自分の店を持ちたいと思っていたのですか?」
篠氏「漠然とですが自分の店を持ちたいと思っていました。自分のお菓子を大勢の人に食べてもらいたかったからです。
でも、どんな風にしたらいいか分からなかったので、ケーキ屋やホテル、レストランと、とにかくいろいろな所で働いてみました。」
起業への情熱を失ってしまう出来事が起こって…
起業を夢みて仕事をしていた篠氏ですが、一時は起業をあきらめたそうです。理由は東日本大震災。
篠氏のご家族も家も無事だったそうですが、まわりにはご家族を亡くされたり仕事を失ったりする人がいました。
「仕事を続けられない人もいるのに、好きなことを仕事にしようなんて贅沢すぎる。望んではいけないと感じてしまったのです。」と篠氏は当時を振り返ります。
井口氏「また起業を前向きに考えるようになったきっかけは?」
篠氏「お菓子作りとは違う仕事に就いてはみたものの、やればやるほど“私がやりたいのはこれじゃない”と思いました。それと、妊娠したことも大きな理由です。
これまでの経験から、大きなお腹で重労働のお菓子作りなんて、私には到底無理と思いました。でも、自分一人なら自分のペースでお菓子作りが出来るから、妊娠しても、子どもがいても、出来るかもしれない。だったら今こそ起業しなくちゃ、と思ったのです。」
経済面でも「子どもが大きくなって、教育費がかかるようになったら起業どころではなくなるかもしれない」とのリスクヘッジも考えたそうです。
ちょうどその頃、タイミング良く家を建てることになり、篠氏は“お菓子作りがしたい! 必ず元をとるので新居に厨房を作ってほしい”とお願いしたそうです。
起業は、いかに小さく始めるかがポイント
篠氏の熱意を知った家族の協力もあり、起業に向けて急に動きだしました。ですが、娘さんが生まれたばかりで準備はどうやって進めたのでしょう?
篠氏「娘が生まれて子育ては大変な時期でしたが、私の場合、1日20分準備が出来れば“良し”としました。コツは、出来ることのハードルをぐっと下げることです。
たとえば、今日はこの書類だけ書こうとか、お菓子の仕込みだけしようという具合です。」
井口氏「なるほど。今は『予約制スイーツ』、『お菓子教室』、キッチンカーによる『菓子販売』の3つを柱にしていますが、最初からそうだったのですか?」
篠氏「いいえ。すぐに儲けようとせず、とにかく何かお菓子に関係することがやれればいいやと考え、準備が容易なお菓子教室から始めました。
お菓子教室は体験を売るものなので製菓製造などの許可も不要だったんです。」
井口氏「起業する時、大変だからと二の足を踏む方が多い中、いかに小さなところから始めるかは大切ですね。開業資金はどうやって工面を?」
篠氏「私は先に開業届を出して、お菓子教室を始めてから起業塾に通って勉強しました。修了証をもらうと融資が借りやすくなると聞いたからです。
起業塾に通う間の娘の世話は母に協力してもらい、結局350万円を借りました。そのうち160万がキッチンカーの費用です。
後は、補助金なども利用できましたが、いつ承認が下りるか不確定なので、絶対に必要な設備などの資金は自分で用意するほうがいいです。補助金は“これがあると、もっといいな”というプラスアルファ部分に使うようにしました。」
井口氏「起業におけるリスクヘッジはどのように対処していましたか?」
篠氏「飲食店を1から立ち上げると1,000万ぐらいかかると言われています。ですが私は自分ができる範囲でやるためにお金のかからない軽自動車のキッチンカーから始め、
且つなるべく早くスタートを切ることで創業時の収入が不安定な時期に、子供の教育費など入り用になるタイミングと重ならないようにしました。
もちろん借入への不安はありましたが、収支のペースがつかめてくると返済の見通しも立てられるようになりました。」
チャレンジショップで不安を解消。起業のサポート機関を最大限に利用
スモールビジネスとして起業した篠氏ですが、1年目が1番大変だったそうです。
なぜならお菓子屋は夏に売り上げが落ちるためです。乗り切るために娘さん用の貯金を取り崩すはめにもなったとか。
「ただし、夏を乗り切ればハロウィンやクリスマスなどのイベントもあり、焼き菓子やスイーツも売れる時期なので、そこで盛り返すための事業計画を立てました。それでもだめなら…近所にパートに出よう!」と次の一手を考えていたそうです。
結果、秋冬の新商品が功を奏し売り上げもグッと伸び、ちゃんと貯金も無事元通りに。
井口氏「失敗まではいかないけど、何かあったらどうするかを考えておくことは大切ですね。他に工夫していることは?」
篠氏「商工会議所に入りました。HPを作るための補助金が出るなど、いろいろ相談出来るのでおすすめです。人脈が広がるのも大きなメリットです。
篠氏がキッチンカーの開業を始めようと思った時「子どもがいて本当にやっていけるだろうか」と不安があったそうです。
そこで行ったのが3か月間のチャレンジショップ(*2)への出店でした。
篠氏「上手くいかなくても3か月もお店ができるのだからそれで満足しよう、という気持ちで臨みました。赤字とか黒字とかより、知らない場所で知らない人が、私のお菓子のファンになってくれるか試したいという気持ちが強かった。そこでお客さんが誰もつかなかったらキッチンカーは辞めようと思っていました。」
篠氏のモットーは、いきなり大勝負をするのではなく、これがだめなら次はこれにしようと、小さな階段を少しずつ上っていくやり方だそうです。
*2:行政や商工会議所などが中心になり、1つの店舗を2~4つの店がシェアしながら将来の開業を目指し、お試しで開業出来る施設。
起業した理由は、お金よりも時間
好きなことを仕事にしたいと起業した篠氏ですが、会社勤めと違って時間の融通がきくという理由もあったそうです。お子さんは保育園に預けていますが、お子さんの元気がない時は休ませてそばにいてあげるそうです。
「その代わり、元気な時はお互いにがんばろうねと、子どもと話しているんですよ」とママの顔を見せる篠氏。
井口氏「時間や場所の融通がきく働き方をしたいと起業する人は多いですね。現在はどのような時間の使い方をしていますか?」
篠氏「子育てしながらなので、時間を分けて使っています。朝5時におきて6時半まで仕込みや経理をして、保育園に預けた後にまた続きを始めるという具合です。」
井口氏「細切れ作戦ですね。」
篠氏「困ったのは、保育園を嫌がった時です。そんな時は、保育園に行く前に子どもと一緒に遊んだりしました。
すると保育園に行くのをそんなに嫌がらなくなったんです。時間が自由に使える仕事ならではの事だと思いました。」
井口氏「なるほど。これはある起業家から聞いた話なのですが、会社員時代は飲み会とかで妻と話す機会もなかったけど、起業してからはよく話すようになったし関係性がよくなったと言っていました。
篠さんは家族との関係性は変わりましたか?」
篠氏「変わりました。夫は、いわゆる会社人間で、役職もあるし子育てには参加する暇がなかったのですが、起業してからは休みの日に子どもの面倒をみてくれるようになりました。
その上、私が夜中にクッキーを焼いていたりすると、“そんなに好きなんだ。それを仕事に出来るなんてすごいね”と感心するようになって…。実は今、夫も起業を考えているんです。」
井口氏「それは、すごい変化ですね。篠さん自身についてはいかがですか?」
篠氏「自分自身の考え方が変わりました。起業する前は、やる前から心配したり悩んだりしていましたけど、いざやってみたらなんとか対応出来る自分がいました。そうか100点を目指さなくても大丈夫だったのだ、と分かりました。」
井口氏「最後に、今後の目標を聞かせてください。」
篠氏「私がホテルで働いていた時、いろいろな国の人と一緒の寮で、その方たちの国のお菓子を作ったり食べたりした思い出があります。
私も、いつかどこかの国で、違う文化の人たちに自分のお菓子を食べてもらい、どのぐらい認めてもらえるかを試したいと思っています。
その時は娘も一緒に連れていって、外側から日本を見るという体験をさせてあげられたらいいなと思います。」
家族思いの篠氏。起業の原動力となったのは、好きな仕事と家庭を両立させたいという思いからでした。
「娘の成長に合わせて仕事のスタイルを変えていければいい」と嬉しそうに話していたのが印象的でした。
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構成・文/馬渕智子
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