建築士の人材リソースを活用し、空間を表現手段に変える
早稲田大学創造理工学研究科建築学専攻博士課程3年の田中大貴さん。2019年に文部科学省が主催する「GAP FUND PROJECTS」の支援を受けて株式会社Urthを創業し、現在は建築士を活用したメタバースを企業に提供している。

田中 大貴氏(株式会社Urth代表)
早稲田大学創造理工学部博士課程所属。建築学を生かしたメタバースシステムを構築し、企業のPL・BSに直結する活用を支援。2019年「GAP FUND PROJECTS」最高評価及び支援を受け、起業。
田中氏「日本には建築士事務所がおよそ7万5000事務所あり、これはコンビニエンスストアの約1.5倍にあたる数です。この建築士の人材リソースを活用して、メタバースの開発とメタバース空間上の建築物の制作を行っています。株式会社Urthのミッションは “すべての個人が輝く社会を作る” で、それぞれが持っている個性を表現して認知され、最適に配置されることによってよりよい社会ができるのではないかという考え方です。例えば “今日はこの人に会うからこの服を着よう” とか “これを食べよう” ということはできますが、“この空間にしよう” というのはなかなかできませんよね。
実は人間が持つ表現手段の中で、“衣” と “食” はできているけど “住” はまだできていない。この “住” の部分を表現手段に変えることによって、その人のまだ表現されていなかった個性が表現され、知られていなかった能力が発揮されるのではないかと考えました。さらにオンライン上であれば、地理的な制約がないので無限の人に届けることができます。空間を表現手段にできるうえに、なるべく多くの人に伝えられるという理由でメタバースを選びました。
これまでは独自のメタバース空間を構築すると、開発コストに数千万円かかるという問題があったので、我々は建築士が普段使用するBIM(Building Information Modeling=ビルディング・インフォメーション・モデリングの略)やCADといった設計ツールのデータをメタバース用に変換できるシステムを開発しました。このシステムによって全国7万5000事務所にいる約32万人の建築士が生産拠点となり、従来の開発コストを大幅に削減できるようになっています。建築士にとっては隙間時間に取り組める新たな収益源となり、企業にとっては高品質なメタバース空間を低コストで実現できるメリットがあります」
建築に関心を持つようになったきっかけはあるテレビ番組から。
田中氏「『大改造!!劇的ビフォーアフター』というリフォーム番組を見て、“建築家っていいな” と思って建築学科を志しました。いざ入ってみたらちょっと閉鎖的な世界だなと思い、商学部のビジネスアイデアデザイン(BID)という授業に潜り込んだのですが、そこで “1週間で困りごとを100個見つける” という課題があって。他の学生が30個くらいしか見つけられないところをすぐに100個見つけられたことが、建築学科で学んだ “空間を使って人の困りごとを解決する” という考え方が他の領域にも応用できるという原体験になりました。
自分のアイデアで少しでも世界がよくなるなら、どんどん試してみたら面白いのではないかと思い、最初は東京都のテニスコートを一括検索できる予約システムを開発。さらに家庭教師をしている弟のためにオンライン契約システムを開発し、それを結婚式を挙げるカップルに芸大生がオリジナル曲を作るシステムに展開して『GAP FUND PROJECTS』で支援金を獲得しました。自分が建築士になって家を建てても幸せにできるのは10〜20人だが、全国の建築事務所の人たちが10倍家を建てられたらより大きな社会的インパクトがある。僕がリフォーム番組を見て感動したような瞬間がもっと生まれるのではないかと思い、2020年に起業しました」

大学院では今も建築の研究を続けているといい「研究しているのは “組合せ最適化” といって、条件に合う組み合わせを計算してくれる技術です。建築図面を読み込ませ “震度7の地震に耐えられるように変えて” と指示すれば、柱や梁(はり)が太くなるという結果が出て、建築士が図面をチェックして修正できる時間を大幅に短縮できます。この “組合せ最適化” の技術を活用して相対的な人件費を下げることによって、日本の建築士の技術を世界に届けることができれば、日本の建築士が世界の建築を支える存在になれるのではないか──そんな研究を行っています」と田中さん。
起業家と学生の二足のわらじを履く田中さんに、一番大きな壁に当たった経験を聞くと「僕はリスクを恐れずにチャレンジするので、一緒にやっている人のほうがハードかもしれません」と笑う。
田中氏「昨年は市場シェアを獲得するために開発にリソースを集中させたのですが、大体これくらいは投資できるだろうと思ってやってみたところ、僕の読みが間違っており、キャッシュアウトが加速して気づいたらランウェイ(資金不足までの残り期間)があと数週間というところまできてしまっていました。資金のあてが何もなかったので “どうしよう” と思いつつ、いろいろなところを当たり、ランウェイがあと14日というところで資金を集められ、何とか半年延ばすことができました。
普通のメンタルだと14日後に数千万円の借金を背負うのは厳しいかもしれませんが、僕はやりたいことをやっているので “そういうこともあるだろうし、まあ、返せるかな” と思っていて。ただし、そこにはメンバーへの信頼もありますし、みんなで受託したらいくら稼げるか計算して、どうしても無理だったら死ぬ気で受託案件を取ろうと話していました。僕は “空間を表現の手段にする” ために事業をやっていて、そのほうが社会はよりよくなると考えているので、今がどんな状況でもうまくいかないはずがないと信じているんです」とさらり。

そんな田中さんが考える将来の夢とは?
田中氏「起業しようとした時点で考えたのは、2035年に火星に家を建てる時に自分の技術が使われているといいなということ。そこから逆算してメタバースをやっているのですが、“空間を表現の手段にする” という仕組みはある程度作れたので、あとはスケール(事業規模を拡大)させるだけ。どこかのタイミングでスマホが変わる時にスケールするかなと思っています。次に考えているのが、リアルな家を人生で3回くらい建てられるようにすること。今は家を買う時に “80歳でも住めるかな” と考えると思うのですが、洋服は “80歳でも着られるかな” と考えながら買わないじゃないですか。そこが変わると面白いですし、全人類が家を買う時にUrthに依頼がくる状態を作れたら、入ってきた利益を人類の進歩のために使いたいですね。
2035年に火星に家を建てて自分の技術が使われることをベンチマークにした時、できればイーロン・マスク氏に火星に行ってほしいのですが、彼が行かなかったら自分で火星に行く手段を探さなきゃいけないので、やらなくちゃいけないことがいっぱいあります(笑)。自分で思いついたことをいろいろやってみて、それから先は次の世代の人たちに自分の経験を伝えたり、支援するような活動をやってみたいですね」
これから起業を目指す同世代の人にメッセージをお願いします。
田中氏「やりたいことがあってそれをやっている企業があるなら、そこに入社したほうがいいとは思うんです。起業すると財務や労務などのやりたくないことも正直たくさんありますから。ただし、やりたいことがあってそれをやっている企業がないのであれば、自分でやるべきだと思います。そのうえで海外の人と話すと日本の多くの人と圧倒的に違うなと感じるのは、海外の人はみんな自分の時間をすごく大切にしているんです。例えばUberの運転手の人は、その時間に運転手をやっていることに誇りを持っている。そういう意味で若い人は起業するかしないかにかかわらず、自分の時間をどこに投資するのかを真剣に考えてみると、やりたいことややるべきことが見つかるのではないかと思います」
田中大貴さんの起業家年表&「その時の1冊」
【1997年4月】愛知県名古屋市に生まれ、1週間で東京都大田区に引っ越し、居住。
【2005年4月】7歳で高知市へ引っ越し。
【2008年4月】10歳で広島市へ引っ越し。
【2016年3月】修道高等学校卒業
【2017年4月】早稲田大学創造理工学部建築学科入学
【2018年4月】同大学商学部のビジネスアイデアデザイン(BID)を受講
【2019年7月】同大学「GAP FUND PROJECTS」に参加
【2020年1月】株式会社Urthを創業。取締役に就任
【2021年4月】早稲田大学を卒業し、同大学修士課程に入学
【2021年5月】株式会社Urthの代表取締役に就任
【2021年12月】「V-air(現・metatell)」を販売開始
【2022年3月】「MicroMBA」を取得
【2023年2月】海外武者修行プログラムでイスラエルに派遣
【2023年4月】修士課程を修了し、早稲田大学博士課程に入学
【2023年12月】J-StarXに選出され、シリコンバレーに派遣
【2024年7月】V-airをmetatellにリブランディング。会社ロゴも刷新
【2024年10月】シードラウンドで6000万円を調達
【2025年4月】シードラウンド2ndクローズを実施。調達額が累計1億円超に
『財務3表一体理解法』
(國貞克則 著/朝日新書)※現在は新版。
財務の知識が全くなかった自分ですが、経営して3年目に必要性を感じ、相談役からの紹介で購入しました。大変分かりやすく、PL・BS・資金繰り表の基本知識が身に着けられる実用書です。

『大改造!!劇的ビフォーアフター』
(ABCテレビ・テレビ朝日系列)
本ではないのですが、建築家になろうというアイデアの起点となったテレビ番組です。建築家が施主に建築を披露した際に、涙を流して喜んでいるのが印象的で、そんな瞬間をたくさん生み出せればと思い、建築学科に入学しました。
株式会社 Urth
【URL】https://u-rth.com/
【転載元】:TOKYO HEADLINE
<おすすめ記事>