大学発ベンチャー数が過去最高を更新する中、日本のアントレプレナーシップ教育にも大きな期待が寄せられている。文部科学省・EDGEプログラムの立ち上げ期から起業教育に関わってきた早稲田大学・朝日透教授が「どんな進路に進むのであっても必要」というアントレプレナーシップ教育の本質や、若い世代の起業支援における学術機関と行政の連携の重要性を語る。

朝日透(あさひ とおる)
1986年、早稲田大学理工学部応用物理学科卒業。1992年に早稲田大学大学院理工学研究科より博士(理学)、2007年に早稲田大学ビジネススクールより経営学修士を取得。現在、早稲田大学理工学術院先進理工学部 生命医科学科、先進理工学研究科 生命医科学専攻、ナノ理工学専攻、先進理工学専攻の教授。ナノ・ライフ創新研究機構 副機構長。グルーバル科学知融合研究所 所長。早稲田大学理工学術院先進理工学部長・研究科長。
実際に起業しなくてもアントレプレナーシップを学ぶことはあらゆる挑戦において重要
――早稲田大学で早くからアントレプレナーシップ教育に携わってきた朝日先生ですが、もともとはどんな研究をされているのでしょうか。
「研究室では、生物物性科学とナノキラル科学の両方を扱っています。主に、医療・医学に貢献する理工学研究や、ナノサイエンスの研究を行っています。もともとは応用物理学の出身で、物性物理学や物理化学、結晶光学といった分野が専門です。ただ、私自身の専門外でも、学生や若手の研究者が“こういう新しいことをやりたい”と調査したうえで真剣に言えば、そのテーマを研究室の中に立ち上げ、必要に応じて共同研究先を見つけながら進める、というスタイルも取っています。現在、取り組んでいる内閣府ムーンショットプログラムの昆虫食や培養肉の研究なども、学生や若手の挑戦から研究室内で取り組むようになったものです」
――起業講座や学生の起業支援に着目されたのは、いつ頃、どのようなきっかけだったのでしょうか。
「本格的に取り組み始めたのは、2014年に文部科学省のEDGEプログラムが始まり、早稲田大学が採択されたときです。それ以前にも、博士課程の学生が “顧客ニーズに合う形にしつつ、社会課題を解決する”ための1年間のプログラムがあり、そこに研究室の博士学生を参加させたことがありました。その経験を通じて、ビジネスモデルを考えることや、社会課題を意識することは、研究者にとっても非常に重要だと感じたんです。アカデミアで研究者になる場合でも、誰もやっていないことに挑まなければ評価されませんし、難しい研究になればなるほど、人を巻き込み、資金を集める必要が出てきます。このような状況は、起業や新規事業立ち上げと本質的に同じです。そこで私は、学術分野で新たな挑戦を行う“アカデミック・アントレプレナー”を育てる視点から、アントレプレナーシップ教育に取り組むことを始め、人材育成を通して、スタートアップを起こす起業家や大企業で新規事業を立ち上げるイントレプレナー、社会課題の解決に行動を起こすソーシャル・アントレプレナーなど、広い意味でのアントレプレナーシップ教育に興味を持つようになりました」
――先生ご自身も2007年にMBAを取得していますね。
「当時の早稲田大学総長だった白井克彦先生から、“これからのグローバルリーダーは理工系博士学位とMBAの両方を持つべきだ”と言われたのがきっかけで、早稲田大学ビジネススクールで取得しました。そのころ私はまだ任期付きの若手教授で、研究室も立ち上げたばかり。学生の研究指導と先端研究を続けながらMBAを取得するのは正直かなり大変でしたが(笑)。当時は本当に、理工系の学生がビジネスに挑戦したいと思ったときにアドバイスできる教員やネットワークがとても少なかったです。幸い私にはMBA取得時のネットワークや、学生時代からの他大学や起業家の仲間、産業界、行政、政治の各界の関係者などとのつながりもあり、アントレプレーシップを有した人材の育成にそれらを生かすことができました」
――先生がアントレプレナーシップ教育を始めた当時と比べて、学生の意識に変化はありますか。
「起業意識は圧倒的に高まっています。以前は“起業は遠いもの”と感じていた学生が多かったのですが、アントレプレナーシップを学ぶ環境も整い、さまざまな機会が増えたことで、今は身近な選択肢として捉える学生が増え、その質も高まっていると感じます。少し興味があるという人の幅も広がっているし、もっと深掘りしたいという人も増えた。ただ私はこれからを見据えて、中高生さらには小学生にまでアントレプレナーシップ教育の裾野を広げるべきだと考えています。実際に起業しなくても、アントレプレナーシップを学ぶことはあらゆる挑戦において重要だからです」
―― 一方で、学校内に十分な支援体制がない場合もあります。
「そういう意味でも、アントレプレナーシップ教育における学術機関と行政の連携は重要です。これまで、いろいろな学術機関が、文科省のEDGE、EDG-NEXTプログラム、Greater Tokyo Innovation Ecosystem事業などを通して、行政と連携して学生の起業を支援してきました。そのように、学術機関と行政が連携することで、研究とビジネス、学生と支援者が健全につながる機会を提供していくことが大事だと思います。東京都にもStartup Hub Tokyoなど、起業に興味を持った若い世代が集いやすい支援施設があります。ただ現状、行政、自治体の起業支援施設を活用してない学生はけっこう多いと思うので、学術機関と行政がもっと一緒にどんなことができるか考えていくのも良いと思います」
「中には強引に学生に起業を決意させるようなことを言う人も…」求められる健全な起業支援コミュニティー

――大学と行政の連携には、健全な起業支援という点も期待できますね。
「そうですね。学術機関は、学外の支援施設や団体を安易に学生に紹介することはできません。学外の、いわゆる“支援者”や起業家たちの中には“本気で起業するなら大学を辞めたほうがいい”、“今すぐ起業を決断したほうがいい”というような、強引に学生に起業を決意させるようなことを言う人も、ときにはいるのです。本人が自分で考えてそういう結論を出すならまだしも“今、決断ができないならこの先も起業しても無駄だ”というようなことを言って、修学中の学生を苦悩させるのは違うでしょう。私も起業講座では“変な大人には引っかかるなよ”とよく言っています(笑)。そういう意味でも、学術機関と行政が連携するなかで、学生が健全な起業家コミュニティーと出会う機会を作ることは有意義なことだと思います」
――海外に比べると日本の学生の起業意識は低いといわれていましたが、2024年度は大学発ベンチャー数が過去最高を記録しました。
「環境が整ってきたということが大きいと思います。海外、特にアメリカやイスラエルなどは、起業意識に触れたりトレーニングを受ける環境が整っていて、学部教育の中にもアントレプレナーシップ教育が取り入れられています。日本だと、アントレプレナーシップ教育が文系の学部にだけ入っていることがあるのですが、本来は文系理系関係なく必要なもの。むしろ文系理系、どの学部でも、さらには大学の垣根も超えてつながることができるアントレプレナーシップ教育の場が必要だと思います。そして、そんな学生たちが自然と集まる場作りも大切だと思います。アントレプレナーシップを持った学生が大学の垣根を超えて集まることができて、 OB・OG、企業や行政ともつながる場があれば、そこからどんどんネットワークが広がっていくはずです。現在も、大学や行政が作ったインキュベーションの場はあるのですが、実際に行ってみると大抵すごく静か(笑)。大学や行政がそういう空間を作って終わり、ではなく、若い学生たちが積極的に集うことができる活気あふれる場にすることが大切です。例えば、大学キャンパスの近くにそういう場がどんどんできれば、やがてシリコンバレーならぬ“東京バレー”が生まれるかもしれません」
――起業を意識する多くの学生に向き合ってきた朝日先生ですが、起業に向く学生と向かない学生はいると感じますか。
「確かに最初から起業に向いている学生はいます。しかし最初はフィットしていない学生でも経験とトレーニングを受けて起業家として成長する人は少なくありません。ですから私は、大学のアントレプレナーシップ教育においてはまず“何をやりたいのかまだよく分からないけど、何かをやりたい気持ちはある”という学生を増やすことが大事ではないかと思っています」
――最後に、起業を意識する学生や若い世代にアドバイスを。
「“何かをやりたい気持ち”があって起業を選択肢の一つとして意識したなら、まずは自分の大学の起業講座などに参加してみてください。大学の中に無ければ、自治体や起業支援が充実した企業のプログラムに参加してみるのもよいでしょう。結局、起業するにしても、アカデミアの研究者や企業人になっても、自分が何をしたいか、どんな新しいことに挑戦したいかを考えて、実行することが大事です。とくに学生のうちは、失敗は経験にしかなりませんから」
【転載元】:TOKYO HEADLINE
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