
SDGs(持続可能な開発目標)が広く浸透した昨今、貧困や環境問題といった社会課題に対し、「自分にできることで貢献したい」と考える人が増えています。その手段の一つとして“起業”という選択肢があることをご存じでしょうか。
今回のイベントは、Forbes誌「未来を創る日本の女性10人」やCNN「リーディング・ウーマン・ジャパン」にも選出された、株式会社HASUNA 代表取締役の白木夏子氏をゲストにお迎えし、「社会起業×スタートアップ」をテーマに、白木氏の実体験に基づく貴重なエピソードをお話しいただきました。
社会起業という選択肢が、いかにしてリアルなビジネスとして成立するのか。日本における「エシカルジュエリー*1」のパイオニアとして、18年走り続けてきた白木氏の軌跡を前編・後編にてお届けします。
登壇者紹介
ゲスト

白木 夏子氏
(株式会社HASUNA 代表取締役 / 武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 教授)
英ロンドン大学卒業後、国際機関や投資ファンドを経て2009年に株式会社HASUNAを設立。世界約10カ国の鉱山労働者や職人と共に、ジュエリー制作におけるトレーサビリティを確立。日本における「エシカルブランド」のパイオニアとして、ブランド運営やSDGs/ESG、DE&Iに関する戦略コンサルティング、講演、研修事業を幅広く展開している。多方面でのブランドディレクションに加え、2019年からは女性起業家育成プログラムのディレクター、2021年からは武蔵野大学にて教授として起業家教育やサステナビリティ研究に尽力。2011年「日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー」受賞。Forbes誌「未来を創る日本の女性10人」やCNN「リーディング・ウーマン・ジャパン」に選出される。ハーバード・ビジネス・スクール・オンラインにてサステナブル・ビジネス戦略プログラムを修了。2児の母。音声配信メディアVoicyにて「起業&ブランドゆる話」毎日配信中。
モデレーター ※第2部に登壇

矢上 清乃氏
(Startup Hub Tokyo 丸の内コンシェルジュ / 学び舎mom株式会社 代表取締役)
金融サービス業界での経験を経て、テキサス大学オースティン校MBA留学後、日本IBMにて製造業のコンサルティング業務に従事。2009年、育休中に名古屋市で最大級の親子支援団体を立ち上げ、2013年に創業。これまでに女性6000人以上のコミュニティを育成し、経産省や企業と協働しながら、女性や学生向けのキャリア形成支援、起業支援、アントレプレナーシップ教育、スタートアップエコシステム形成を推進中。2023年よりTOKYO創業ステーション Startup Hub Tokyo 丸の内コンシェルジュ、2024年より愛知県東三河フェムテック産業推進事業のアドバイザーとして活動中。ライフイベントの変化に対応するため、現在は埼玉・愛知・長野の3拠点生活を送りながら、地域を越えた多層的な活動を続けている。
【第1部】白木夏子氏 基調講演
今回のイベントは2部構成で開催され、第1部は白木氏の基調講演からスタートしました。基調講演では「旅の延長から始まった起業と、世界につながるまで」をテーマに、白木氏がどのような想いから起業し、どのように社会課題とビジネスを両立させてきたのかを語っていただきました。
世界の課題は「遠いもの」ではなかった―起業に至る原点
繊維産業が盛んな愛知県一宮市で育ったという白木氏にとって、ものづくりは幼い時から身近なものだったといいます。社会課題に興味を持ったのは、祖父の勧めで海外留学を意識するようになり、短大で英語の勉強をしていた頃のこと。

白木氏
「短大に通っていた当時は、国連の職員になりたいと考えていました。きっかけは、講演で訪れたフォトジャーナリストの桃井和馬さんの言葉です。講演の中で飢餓や動物密輸の実情をとらえた写真を見たときに大きな衝撃を受けたのですが、なかでも印象に残っているのが、『君たちが今すぐ動きださなければ、この地球は破滅寸前だ』というお話でした」
当時の白木氏にとって、戦争や飢餓などの社会課題は「TVの中で起きていること」「自分にはあまり関係のないこと」という認識だったそうですが、桃井氏の講演をきっかけとして、よりリアルな問題として感じられるようになったとのこと。そこから「貧困や環境問題を解決したい!」と考えるようになった白木氏は、ロンドン大学に留学し、アジアやアフリカについての研究を始めます。しかし、授業で知識を得るだけでは「自分に何ができるのか」という答えにはたどり着けなかったといいます。「現地に行かなければ分からない」と感じた白木氏は、1年生を終えた夏休みにインドの鉱山を訪れたそうです。

白木氏
「私が現地で見たのは、子どもたちや強制労働の人たちが、化学物質などで汚染された環境の中、裸足や素手で働く姿でした。電化製品や化粧品、宝石の原材料となる雲母や金、原石を採る現場の実態を目の当たりにした私は、『なにこれ!』と大きなショックを受けたんです」
働いている人たちが1日1食しか食事ができていないこと、学校にも病院にも行けないことを直接目にした白木氏は、ジュエリー業界をはじめとしたものづくり業界全体の不透明性に問題があるのではないかと考えるようになりました。しかし、解決方法について自分なりに調べてもみたそうですが、実際に解決に向けたアクションを起こしている人にはたどり着けなかったといいます。
白木氏
「この経験から、『それでも何かできることはあるはず、私だからできることがきっとある』という想いが強くなりました。また、今から20年以上前にもかかわらず、当時留学していたイギリスでは、すでに『サステナビリティ*2』や『エシカル*3』といった考え方が重視されていました。こうした価値観は、これから日本でも世界でもさらに注目され、より重要なものとして認識されていくはずだという想いもありました」
現地に足を運んだ時に受けたショックから、みずから透明性の高いジュエリーブランドを立ち上げて現地の人に還元し、また、エシカルな考えを取り入れたブランドが成功する姿を周囲に見せることでものづくり業界全体に正しい姿を証明していくと決意した白木氏。リアルな社会問題に直接触れた体験が、今の白木氏の原点になっていることが、語る言葉の随所から伝わってきました。
27歳、ゼロからの起業へ
27歳で起業した白木氏のブランドでは、現在、ブライダルジュエリーとファッションジュエリーを手掛けています。工程において、原材料の買い付けはできるだけ顔の見える取引を心掛けているそうで、リサイクルの金だけでなく認証付きのものを選ぶなど、エシカルへの強いこだわりが垣間見えます。

白木氏
「簡単に話していますが、商品が作れるようになるまでには創業から数年かかっているんです。創業した当初は何から始めればいいのかにさえ悩むような状況でした。チェーンひとつ編むのに100万円、1回の仕入れに数十万円かかるような世界なので、最初は自分の足で何件も御徒町の工房を回り、職人さんに嫌な顔をされつつも、持ち込んだ地金で結婚指輪を作ってもらえないかとなんとか頼み込むところから始まりました」
地道な努力からスタートした白木氏のブランドは、その後、銀行の融資や投資家とのご縁を活かして資金の調達先を増やしつつ、みずから中南米などの現地に足を運んで原材料の買い付け先を増やしていきました。イベント当日はビジネスモデルのスライドを交えながらお話しいただきましたが、一見シンプルなビジネスモデルの中にも、白木氏ならではの強いこだわりが詰まっており、その分、多くの苦労もあったようです。
白木氏
「直接つながれる買い付け先と提携業者を探すことに一番苦労しました。当時はオンラインでも買い付け先について調べきることは難しく、提携先の工房も公式サイトを持たないところが多いので、直接足を運んだり、電話帳で1件ずつアタックしたりして少しずつ開拓していきましたね。初期の数年はだいたいここに費やしました」
制作の最終工程を担う提携業者は日本の職人にお願いすると決めている白木氏。その裏側には、安価で依頼できる海外工場の増加により、技術のある日本の職人が安く買いたたかれているという現状を何とかしたいという想いがあると話します。海外の社会問題だけでなく、日本の課題にも目を向ける視野の広さが印象に残りました。
社会課題×ビジネスの難しさと突破口
みずからの事業で解決を図ろうと立ち上がった白木氏ですが、社会課題に紐づいたビジネスを展開するうえで、以下の3つが壁として感じられたといいます。
- コストが高い
- 消費者に伝わらない
- サプライチェーンの複雑さ
特に創業当時は、「エシカル」という言葉自体が日本に浸透しておらず、お客様にその価値が伝わらなかったり、取材時に別の言葉に差し替えられそうになったりといった苦労があったそうです。これらの壁に直面した白木氏は、壁を乗り越えるために3つのポイントを意識して行動していったといいます。
白木氏
「まずは『完璧な商品』を作り上げることを意識しました。どれだけ社会的に価値のあることでも、商品が良くなければ結局売れないんですよね。なので、ここは徹底的にこだわって、自分が納得のいく商品を作るようにしています。次は『ストーリー』を設計すること。そして『選ばれる理由』を作ることも意識しましたね」
どれだけ社会性の高い行動だとしても、売り上げがなければビジネスは続けられない。社会課題に向き合うだけでなく、その解決策である事業の必要性や価値を妥協なく突き詰めるという姿勢が白木氏のこだわりの源になっているのだと感じられるお話でした。
社会起業が成立する条件・しない条件
続いて白木氏からは、社会起業のスタートアップが成立する条件、しない条件についてのお話がありました。成立する条件として白木氏が何よりも大切だと語ったのが、「市場・マーケットがあること」です。

白木氏
「まず何をもってしても、市場があること、マーケットがあることが必要です。ここを抜かしてしまっては、ビジネスは何をやってもうまくいきません。まずは売るマーケットはどこなのか、マーケットの規模はどのくらいなのか、飽和しているかそうでないかを確認する。市場がないところにものを出しても絶対に売れないので、レッドオーシャンであろうがブルーオーシャンであろうが、絶対に市場があることが必須なんです」
白木氏は、成立条件の残り2つに「価値が伝わること」「スケール設計があること」を挙げています。社会起業の価値は、きちんと言語化しないと伝わりません。また、代表一人だけがんばっていても、趣味プラスアルファの規模感で終わってしまいます。事業の必要性を短い言葉でしっかりと伝え、マーケティングやテクノロジーの力を使ってスケールアップしていくことが、将来的な社会課題の解決につながっていくのだと白木氏は語っていました。
白木氏
「これらの条件が見られるケースでは、どうしても事業は続きません。私の周りを見ていても、3年目以降に疲れてしまって、最終的に撤退してしまうというパターンが多くみられます。私と同じ時期に創業した方も結構多かったのですが、すでに撤退している方も多くいて、やはりこれらの部分を乗り越えられなかった方が結果として撤退しているなと感じています」
「社会課題はチャンス」と語る白木氏は、すべての起業は誰かのペインを解決するものだという原点に立ち返り、自分が感じた小さな違和感を大事にして、常識を疑ってほしいとも話します。
白木氏
「社会起業は小さくても始められるものです。スタートアップの場合、最初から何千万円と資金調達する方も多いと思いますが、私自身は18年間続けてきて、ようやく海外展開に取り組み始めたところ。私の事業はスタートアップというよりもスモールビジネスに毛が生えたようなものだと思っていますが、今はこれこそが自分にあっている路線なのだと感じています」
基調講演の最後を「あなたは、どの課題を、どんな事業で解きますか?」という問いで締めた白木氏。社会課題という大きな問題に対し、自分の違和感を無視せず、できることから取り組んでいく大切さに改めて気づかされた第1部となりました。
後編では、Startup Hub Tokyo 丸の内コンシェルジュとして多くの起業家支援に携わってきた矢上清乃氏をモデレーターに迎えたクロストークの模様をお伝えします。お楽しみに。
構成・文/やまぐちきよみ
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