井上 びん氏
大学卒業後、社会科教員として教職に就いて定年まで教員を勤め上げる。20年間の担任業務を経験し、その後1 年間休職。現場に復帰後は進路指導部主任、学年主任を経て研修部主任で活動。生徒はもとよりたくさんの教員から「相談役」として認知される。
教職のかたわら文筆活動を続け、既刊本は 5冊(小説、教育書)。現在は次回作を執筆中。「クレイジーダイヤモンズ」「教師 B のつくり方」「金八先生はもういない。」ほか。社団法人教育の未来プロジェクトの代表理事として教育研究所を主宰し、主に学校や企業の運営をお手伝いしている。メンタル心理カウンセラーでもある。
- 学校の中ではできないことを、外からの視点で実現するために法人を設立
- 教員・保護者・企業に向けたセミナーを3本柱にして活動
- 外部から正しい情報を伝えていく必要性を実感したことが現在の事業を選んだ理由
- 人とのつながりを作ることに重点をおくほか、SNSやメルマガといった情報発信についても勉強
- 現場の状況を知るためにも非常勤として教壇に。自分のリズムを大切にしながら法人活動と両立
- 良いアイデアとスピード感を持つ若者とつきあうことで、自分にできることを増やす
学校の中ではできないことを、外からの視点で実現するために法人を設立
法人を設立した時期と設立の理由をお聞かせください。
定年間際から準備を始め、定年後すぐの昨年(2019年)2月に60歳で設立しました。それまで勤めていた職場で再雇用の話もあったのですが、私がやりたいと考えていることは、学校の中では実現が難しいと感じたため、いったん学校の外に出て外からの視点で挑戦することにしました。株式会社ではなく一般社団法人を選んだ理由には、まず、学校を相手にする事業だということがあります。
学校という場所はまだまだ保守的で、新規の会社に対する警戒心がとても強いのです。一般社団法人であれば学校に与える警戒心やプレッシャーが薄く、安心していただきやすいと思いました。また、非営利事業なので、一般社団法人として理念を高く掲げたほうが活動しやすいだろうと考えたことも理由です。現在の理事は6名で、卒業生を中心に声をかけて賛同してくれた人たちと活動しています。
教員・保護者・企業に向けたセミナーを3本柱にして活動
おもな事業内容を教えてください。
教員向け、保護者向け、企業向けの3種類のセミナーを柱としています。教員に対するセミナーは、現場の教員に最新の正しい情報を提供することを目的に、毎月1回都内で開催しています。
学校内でも研修はありますが、それだけでは本当は不十分です。そういった情報をブログなどで発信し、それに共感してくれた方がセミナーに参加しています。自分でお金と時間をかけて足を運んでいるので、意識の高い方が集まっているのではないかと思います。
保護者向けセミナーは、地元の狭山市(埼玉県)に開催場所を絞っています。埼玉の高校受験は地方都市としての色合いが強く、「第一志望が公立、滑り止めで私立」のワンパターンです。30分くらい電車で移動すれば都内に出られる場所なのに、都内の学校を受験する人もいません。
将来、社会の中心で活躍できる人材に育つチャンスがあるのに、あえてローカルな部分で進路を完結させようとしている状況はあまりにももったいないですよね。埼玉の保護者の方は、学校と塾の情報だけで子どもの高校受験の進路を考えているケースがほとんどなので、視野を広げていただくための情報をお伝えしています。
また、企業向けのセミナーは、組織の活性化を目的にした内容で、依頼に応じて実施しています。閉塞感がある組織は、社員間のコミュニケーションが不足しているケースが多いので、社長を含めた社員のコミュニケーションを活性化させるための手段を提供しています。
そのほかに、メインの事業ではありませんが、個別の教育カウンセリングの依頼を受けることもあります。
在職中に数冊の書籍を執筆
外部から正しい情報を伝えていく必要性を実感したことが現在の事業を選んだ理由
いまの事業が必要だと感じた理由は何でしょうか?
教員時代に、学校内で若手教員に向けた研修を担当していたのですが、「学校の研修システムは世間とつながっていない」「社会の生きた情報が入ってこない」ということを強く感じていました。研修を受ければ受けるほど、教員が「たこつぼ」のように狭い世界に入ってしまう。世間知らずの教員が生まれてしまうという危機感から、研修のなかで外からの情報を伝える試みを実施しました。
たとえば、最近の学校教育で注目されているもののひとつに「アクティブラーニング」がありますが、単語だけが一人歩きしている状態です。アクティブラーニングは、本来であれば世間に対してアクティブにならないといけないものです。学校内で教員管理のもとに行われるのであれば、それはアクティブラーニングという名の管理教育になってしまいます。現在学校で行われているアクティブラーニングは、教員にとって都合のいいものになっているのが実際のところです。
私は外部からの正しい情報を教員に伝えていくことが必要だと感じ、それを実現するための法人を設立することにしました。
人とのつながりを作ることに重点をおくほか、SNSやメルマガといった情報発信についても勉強
法人設立にあたり、具体的にどのような準備をされましたか?
まず、情報発信をしたり、まわりの人たちと個別に話をしたりすることで、人的ネットワークを作ることに重点を置きました。ウェブサイトとパンフレットは、理事の中にプロのクリエイターがいたので、依頼して作ってもらい、SNSやメルマガの活用方法を学べるセミナーにも通いました。
拠点については、自宅の1階を事務所兼カウンセリングルームとして使っています。2年半前に現在の家に引っ越したのですが、その頃から起業したいという思いをもっていたので、1階を法人で使うことを想定した設計にしていました。
現場の状況を知るためにも非常勤として教壇に。自分のリズムを大切にしながら法人活動と両立
現在、教員の仕事と並行しての法人活動ということですが、両立で困ることはありませんか?
現役時代とは別の学校で週に3日、非常勤で教えています。やはり、現場の状況がわからないとセミナーもできないので。
時間的な面では授業を半日にまとめてもらうなど学校の協力が得られ、授業のない日に集中的に法人の仕事もできるので、今のところはバランスがとれていると感じます。今後、もし今より忙しくなったら「教員を続けられるかな…」という不安もありますが、どうも私は学校に行っていないとダメ(笑)。リズムがおかしくなってしまうんですよね。
良いアイデアとスピード感を持つ若者とつきあうことで、自分にできることを増やす
これから起業を目指す方に向けてメッセージをお願いします
私のまわりにいる同年代の方を見ていると、みなさんとても保守的で内向きだなと感じるので、「若い人たちとつきあわないとダメ」ということをぜひお伝えしたいですね。
彼らは常に良いアイデアを持っていて、しかもスピード感があります。若い人たちとつきあうことで、自分の生活にも刺激が生まれますし、考え方も若くなります。私自身、できないと思っていたことができるようになったのは、すべて若者から得たヒントのおかげです。
また、今の若者は地位やお金を求めるのではなく、社会貢献や人的貢献をしたいと思っている人が多いと感じます。そういった人と一緒にいることで、いい発見があります。
大切なのは、自分で動くエネルギーだと思います。楽しみながらやっていこうとするポジティブな気持ちさえ失わなければ、60代はなんでもできます。それなのになぜ、みなさんやろうとしないのか。それは「できないだろう」という先入観があるからです。こり固まった概念を打ち消すためのモチベーションを持つことこそが、何よりも重要だと思っています。
私自身も、この1年で行動範囲がぐんと広がりました。60代は、これまで培った知見を生かすためにも、どんどん動いて世間を見渡さないといけない年齢だと実感しています。
【転載元】プロ50+