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東京創業物語 Case Study #1

東京の街で起業した人たちに、その経緯や苦労話、これからの夢などを伺っていきます。

Case Study #1 ミニシアター「Stranger」 岡村忠征さん

photo:Kana Bundo
edit:Kohei Nishihara(EATer)

 

ミニシアターの閉館が続いている。2022年は、半世紀以上の歴史を持つ神保町の「岩波ホール」が閉館。名古屋では1982年開館の「名古屋シネテーク」が、大阪では1990年開館の「テアトル梅田」が、映画ファンに惜しまれつつ幕を下ろした。

シネコンではかからない、埋もれゆく作品に光を当てるミニシアターは、映画文化の多様性を支える大切な文化施設。けれど、小規模がゆえにビジネスとして成立させ存続させることは簡単ではない。最近では、配信サービスという鑑賞手段も普及し、劇場にいかずとも手軽に映画を楽しむことができるようにもなった。そして、コロナ禍の外出規制は、ミニシアターに大きな打撃を与えた。

 

そんな逆風下にも関わらず、新しいミニシアターが2022年9月にオープンした。場所は、都営新宿線の菊川駅から徒歩1分。東京東部というミニシアター空白地帯であるこの地にできた映画館の名前は「Stranger」という。つくったのは、ブランディングデザイン会社を経営していた岡村忠征さんだ。

まずは、岡村さんの経歴について、簡単に紹介をしておこう。

岡村さんは、20歳のときに広島から上京してきたが、その理由は映画監督になるためだったという。映画業界に入るべく、映画館のもぎりからスタートし、その後配給会社や映画祭のスタッフに。そして、映画制作の現場に入り込むこともできた。映画監督になるべく着々とキャリアを切り開いていったが、そこで待っていたのはハードな制作業務にひたすら追われる日々…、自分の創作のための時間はなかった。次第にこのまま現場スタッフを続けていても監督にはなれないのでは、という疑問も抱くようになった。

 

そこで岡村さんは、現場を一度離れ、別のアプローチを試みることにする。思いついたのは、映画雑誌の制作だ。ここなら映画についてのインプットをしながら、アウトプットもできるはず。そう考え、29歳でデザイン会社に就職した。しかしこれが岡村さんの転機になる。デザインの面白さにはまってしまったのだ。

 

結局その後も、メーカーやクリエイティブプロダクションを渡り歩き、34歳で独立。デザイン会社「Art&Science」を設立する。グラフィックデザインだけにとどまらず、ブランディン業務も手がけ、さまざまなクライアント企業の課題をクリエイティブに解決するスペシャリストになる。仕事の役にたてばとMBAも取得。映画監督を目指していた青年は、ビジネスの世界を歩んでいた。気付けば2020年、45歳になっていた。そしてここから、「Stranger」立ち上げの物語が始まっていく。

岡村忠征さん(Tadamasa Okamura)

1976年生まれ。映画美学校修了後、映画・ドラマの制作業務に従事。劇場映画や局制作TVドラマなどに携わる。グラフィックデザイナーに転身後、編集プロダクションにてエディトリアルデザインを担当。その後、光学検査機器メーカー企画部に在籍しブランディングプロジェクトを推進。会社案内制作、Webサイト制作、新製品VI計画、展示会プランニングなどを手がける。コーポレートメディア専門のクリエイティブ・プロダクションでクリエイティブディレクター、企画アカウント事業部部長、取締役などの要職を歴任。2011年アートアンドサイエンス株式会社を設立し、2022年にミニシアター「Stranger」を開館。

映画館を始めようと思ったきっかけはなんだったんですか?

岡村さん「20代は映画、30代はデザイン、そしてブランディング。40代も半ばになって、この先自分がどんなことをやっていくのか考えるようになりました。そこで思いついたことが自社ブランド事業の立ち上げです。D2Cという考え方も台頭してきた頃で、自分でブランド事業をやるならどんなものがいいのかなって考えて、努力しなくても夢中になれるもの、他人よりも得意な領域がいいなと。それで映画館はどうだろうって思い浮かんだんです。それに僕は映画業界を離れてからもずっと映画館に通っていて、ひとりの映画ファンとして映画館に対しての課題も感じていました」

映画館に対する課題というと?

岡村さん「映画館に行くことが、誰とも喋らない体験になっているなって。スマホで調べて、ひとりで映画見て、帰りにスタバに寄ってSNSに感想をアップする。ちょっともったいない気がして、僕はそこに可能性を感じたんです。コロナでリモートワークになって、そうすると近所を散歩する機会が増えるじゃないですか。家の近くのお花屋さんや古着屋さんに行って、お店の人と会話する。最初は挨拶だけだけど、通っていくうちにちょっと世間話なんかもしたりして。気づけば買い物しなくても会話だけをしにいくようになる。そういうスモールギャザリングがすごく心地よくて、日常を豊かにしてくれるって気づいたんです」

たしかに。映画館でスタッフと話す機会って全然ないですよね。

岡村さん「フレンドリーなコミュニケーションがないんです。映画館とお客様には一定の距離がある。そこにブレイクスルーポイントがあると思ったんです」

つまりはD2C的にファンづくりを重要視した映画館に可能性があると感じたと。

岡村さん「はい。映画館をD2C的なコンセプトでオープンマインドな空間に変えたいと考えました。ロビーにはカフェがあって、スタッフとお客様が映画の感想を話したり、マガジンをつくって情報発信もする。そこでしか買えないオリジナルグッズもつくる。そういった考え方で運営すれば、新しい顧客層も開拓できるし、体験発生の場として映画館をリブートできるはずだと。こういったことって、ブランディングやコミュニケーションデザインの領域でもあります。これまで自分が積み重ねてきた経験も活かせるなと思いました。僕は、僕は何か新しいことを始めるなら、Will Can Mustを考えます。やりたいこと、できること、すべきこと、この3つのサークルの重なる部分を大きくしていくと、人の充実度や幸福度は、上がっていくはずです。だから映画館なら、僕は映画好き(Will)だし、業界への課題(Must)も感じていた。ブランディングの仕事をしていたから、その経験(Can)を生かすこともできると思ったんです」

映画館の設立には特殊なノウハウが必要そうですが、どうやって調べていったんですか?

岡村さん「まずは業界関係者へのインタビューですね。支配人や配給会社の方、映画館のコンサルティングをしている方など20人くらいに話を聞きにいきました。コンセプトに共感してくれる方は多かったです。それどころか、相談しているうちに相手も乗り気になってくれて、図面を描いてくれたり、物件を一緒に見にいってくれたりもしました。そういった人たちの後押しがあって、気付けば計画が走り出していました。引くに引けない感じです(笑)。でも、ストリームみたいなものを感じましたね」

物件探しも苦労したそうですね。

岡村さん「とても大変でした。映画館を新たにつくるには、厳しい条件をクリアする必要があります。というのも、昔の映画館は衛生状態の意地や風紀の乱れに問題があったので、それを規制するための法律の名残がいまも残っているんです。だから、換気設備や通路幅についての法律基準があり、その条件を満たせる物件を探すのがまず大変。しかも、用途地域に制限があり文教地区や住宅地も基本的にはダメです。計画当初は中目黒といった東京の西側で探していましたが、適合する物件を見つけだすのはほぼ不可能でした(笑)。それで、方針転換して清澄白河周辺で物件探しをして、奇跡的に見つけたのが菊川のこの物件です。元はパチンコ屋さんでした」

未経験のチャレンジで、他にも苦労したことはありますか?

岡村さん「上映作品を集めることですね。映画館は配給会社から上映作品を仕入れます。僕は、配給会社も作品がたくさん上映された方がいいはずだから作品の手配は難しくないだろうと考えていたのですが、いざ交渉をはじめてみて見込みの甘さに気づきました。かけたい作品が、全然かりられない。なぜなら配給会社からしたら、実績のない新参者に作品を提供することはリスクが高いから。資金が回収できるかもわからないし、席数が少ないミニシアターでは利益も大きなものは見込めない。

たとえば、Strangerは49席ありますが、満席になってもチケット収益は7〜8万円くらい。その半分が映画館の収入になって、残りは配給会社や制作会社に分配されます。1週間毎日1回上映して、たとえ全ての回が満席になったとしても、配給会社に入る収益はたかが知れているんです。だから、配給会社にメールで連絡を取っても返信がなかったり、補償金など厳しい条件を提示されたり、作品集めはとても大変で…。海外の権利元に直接交渉もしたし、信用のある人を通じ配給会社にコンタクトを取ったりもしました。そうしてなんとか作品を集めて、開館に漕ぎつけました」

2022年の9月16日にStrangerは開館した。こけら落としは、ジャン=リュック・ゴダール特集。その3日前に、監督の訃報が流れた直後だった。図らずも注目を集めた特集は評判を呼び、新しい映画館の船出は順調な滑り出しとなった。その後に開催された特集上映も成功。Strangerの名前は全国の映画ファンへと伝わり、現在では地方から訪れる人もいるという。集客できる映画館として、配給会社からの信頼も少しずつ得ている。

 

開館から1年が経ち、手応えはある。けれどまだまだ課題もあると岡村さんは言う。その一つが平日の集客。特集上映は大きな収益が見込めるが、プロモーションなどには投資が必要であり、それなりのリスクもある。準備にも時間がかかり、毎月開催することは現段階では難しい。安定した運営をしていくためには、日常的に利用してくれる人が増えることが重要であり、周辺住民への認知も高めていきたいという。また、コミュニケーションの場としての映画館というコンセプトの実現も腰を据えて取り組んでいきたいという。

岡村さん「映画館に関して、僕はWillもMustもあった。でも、あると思っていたCanが、意外と少なかった(笑)。足りない部分は、周りのできる人に力をかしてもらえました。正直に言うと、映画館を始める前はやりたいことができなければやる意義はない思っていたんです。でも、いまはミニシアターが惜しまれながらどんどんなくなっている。そんな状況の中、僕は東京の東側で唯一となるミニシアターをつくった。それを簡単になくすことはできないなって、いまでは責任感のようなものを感じています。文化事業を始めたら、存続させることも大切。Strangerも、収益的にはまだまだ厳しい。継続させることも重要なミッションと考えています」

Stranger
住所:墨田区菊川3-7-1 菊川会館ビル1F
電話:080-5295-0597
https://stranger.jp

【転載元】メトロポリターナトーキョー
https://metropolitana.tokyo/ja

 

 

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